第3話 初版十部、即日完売
蒼太の物語は、宿屋の客たちの間で少しずつ評判になった。
「空飛ぶ少女の続きはまだか?」
「今度は剣士が主人公の話を書いてくれ」
「眠る前に子どもへ読ませたいんだ」
毎晩、食堂には蒼太の物語を聞くために客が集まるようになった。
しかし、一冊の本を大勢で読むのには限界がある。
「同じ内容の本を何冊も作れたらいいのに」
リナの言葉を聞き、蒼太は町の写本工房を訪れた。
この世界では、書物は職人が一文字ずつ手で写している。そのため、一冊の価格は一般人の一か月分の給料に近かった。
工房の主人は、蒼太の薄い原稿を見て鼻で笑った。
「こんな作り話を写す者はいない。十冊作っても、一冊も売れんよ」
「では、十冊分の費用を働いて返します。売れた分は俺にください」
「面白い。そこまで言うならやってみろ」
蒼太は工房の隅に置かれていた古い印刷機を見つけた。
活字を組み、インクを塗り、紙へ押しつける簡単な構造だ。
以前の仕事で印刷現場を見ていた蒼太は、職人たちと相談しながら印刷方法を改善した。
三日後、異世界初の娯楽小説が十冊完成した。
タイトルは『空を知らない竜と、空を夢見る少女』。
販売場所は、銀の麦穂亭の入口。
価格はパン五個分。
「本当に売れるかな」
リナが心配そうに言った。
開店して間もなく、一人の母親が本を手に取った。
「子どもに読ませてもいい内容ですか?」
「もちろんです」
一冊目が売れた。
続いて、宿屋の常連客が二冊目を買った。
昼になる前に、十冊すべてがなくなった。
《累計読者数、二十七名》
《物語具現化の出力が上昇しました》
その夜、宿屋の外で騒ぎが起きた。
荷車を引いていた馬が、大きな音に驚いて暴れ出したのだ。
荷車は坂道を下り、その先では子どもが立ち尽くしている。
蒼太は白紙の本を開いた。
〈空を知らない竜は、初めて翼を広げた。大切な友達を守るために〉
文字が金色に輝く。
物語から飛び出した光の竜が荷車の前へ降り立ち、巨大な翼で受け止めた。
「本の竜だ!」
集まった子どもたちが歓声を上げる。
読者たちが物語を思い出すほど、光の竜は強くなった。
無事に荷車を止めると、竜は光の粒となって空へ消えた。
翌朝、宿屋の前には長い列ができていた。
「昨日の竜が出てくる本を売ってくれ!」
「子どもの分と、自分の分が欲しい!」
写本工房の主人は、列を見て絶句した。
蒼太は白紙の本を開き、次の物語の題名を書く。
『町を守る銀色の騎士』
異世界での小説家生活は、ようやく軌道に乗り始めていた。
