第2話 異世界最初の読者

文彩太郎
公開日 2026年8月3日
最終更新日 2026年8月3日
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蒼太がたどり着いたのは、「銀の麦穂亭」という小さな宿屋だった。

財布も身分証明書も持っていない蒼太に、宿屋の主人は冷たい視線を向けた。

「金がないなら泊められないよ」

主人の娘らしい少女が、カウンターの奥から顔を出した。

栗色の髪を三つ編みにした、十四歳くらいの少女だ。

「お父さん、空いている物置ならいいんじゃない?」

「リナ。素性の分からない人間を泊めるものじゃない」

「その代わり、仕事をしてもらえばいいよ」

少女の名前はリナといった。

蒼太は食器洗いと薪割りをする代わりに、一晩だけ泊めてもらえることになった。

仕事を終えたころには、食堂の客も帰り、宿屋は静かになっていた。

リナは、蒼太が持っている白い本を興味深そうに眺めた。

「それ、魔導書?」

「似たようなものかな」

「何の魔法が書いてあるの?」

「物語だよ」

「物語?」

リナは首をかしげた。

本文内画像
リナは首をかしげた

この世界に本はある。しかし、そのほとんどは歴史書、法律書、薬草図鑑、魔物の討伐記録だった。

架空の人物や出来事を楽しむための小説は、ほとんど存在しないらしい。

「実際には起きていないことを書くなんて、何の役に立つの?」

その質問に、蒼太は少し考えた。

「行ったことのない場所へ行ける。会ったことのない人に会える。自分とは違う人生を体験できる。それが物語だよ」

蒼太は白紙の本を開き、短い話を書いた。

主人公は、空を飛ぶことに憧れる少女。

少女は何度も失敗するが、最後には小さな竜と友達になり、一緒に雲の上へ旅立つ。

リナは最初こそ不思議そうにしていたが、少しずつ本へ顔を近づけていった。

「この子、次はどうなるの?」

「読めば分かる」

「竜は悪い魔物じゃないの?」

「この物語の竜は、臆病だけど優しいんだ」

リナが最後のページを読み終えた瞬間、白紙の本が輝いた。

《新規読者、一名》

《共感率、八十七パーセント》

《物語具現化を開始します》

食堂の空中に、淡い光でできた少女と小さな竜が現れた。

二人はテーブルの周りを飛び、天井近くまで上昇する。

リナは目を輝かせた。

「すごい……。私、今、本当に空を飛んでいるみたいだった」

その言葉を聞いた瞬間、光の少女と竜がさらに強く輝いた。

蒼太は胸の奥が熱くなるのを感じた。

現実世界では、感想をもらうことすら難しかった。

今、目の前に一人目の読者がいる。

「続きを書いて!」

リナが白紙の本を差し出した。

「明日も仕事を手伝ってくれるなら、宿代はいらない。その代わり、毎晩一話ずつ書いて」

宿屋の主人が奥から現れ、腕を組んだ。

「私も、その竜の続きは少し気になる」

こうして蒼太は、異世界で二人の読者を手に入れた。

小説家としての、最初の一歩だった。